大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所浜松支部 昭和63年(ワ)328号 判決

原告 中元輝義

被告 浜松市

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二億〇〇六二万七九六〇円及びこれに対する昭和六三年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は次の特許(以下、「本件特許」という。)の特許権者である。

(一) 特許番号  第一一五九二四四号

(二) 発明の名称 し尿処理生成物の利用方法

(三) 出願    昭和四九年五月二三日

(四) 出願公告  昭和五七年七月八日

(五) 登録    昭和五八年七月二五日

2  特許請求の範囲

水を加えていない生し尿を粗破砕機にかけ、さらに微破砕機にかけてから一五〇℃ないし三五〇℃にまで熱するとともに、二〇ないし二一五kg/cm2の圧力を加えてし尿中の酸化性物質の六〇ないし八五パーセントを化学的に酸化処理し、この酸化処理によって得られた灰分を水分約六〇パーセント程度にまで脱水した後、さらに強制的に水分約一〇パーセント程度にまで乾燥させて得られる粒状物を肥料として用いることを特徴とするし尿処理生成物の利用方法。

3  被告行為

被告は、浜松市伊佐地町一五七〇番地所在の浜松市西部衛生工場において、左記のようないわゆる二段活性処理方式によって生し尿を処理し、その生成物である乾燥汚泥を製造し、これを肥料として販売している。

(一) 生し尿を破砕機にかける。

(二) 右汚泥を希釈し、第一、第二攪拌曝気漕において順次酸化性物質を生物化学的に酸化処理する。

(三) 右酸化処理後、固液分離して得られた汚泥を水分約八〇パーセント程度にまで脱水する。

(四) 右脱水汚泥をさらに強制的に水分約三〇パーセント程度にまで乾燥(焼却)して粒状とする。

4  権利侵害について

(一) 本件特許はいわゆる用途発明であり、それは以下のような本件特許の出願の経緯に照らして明らかである。

(1)  本件特許請求の範囲に記載されているし尿処理の方法のうち、本件特許出願当時においてすでに「水を加えていない生し尿を粗破砕機にかけ、さらに微破砕機にかけてから一五〇℃ないし三五〇℃にまで熱するとともに、二〇ないし二一五kg/cm2の圧力を加えてし尿中の酸化性物質の六〇ないし八五パーセトを化学的に酸化処理し、この酸化処理によって得られた灰分を水分約六〇パーセント程度にまで脱水する」方法は、湿式酸化活性汚泥処理方式とよばれるし尿処理方式として知られ、一部の地方公共団体のし尿処理施設で採用されていた公知の技術であった。ただ、当時は右方法によって得られるし尿処理生成物は廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和四六年九月二四日施行)により一般廃棄物としてすべて廃棄処分され、肥料として利用することは考えられておらず、昭和五一年一一月一日付農林省告示一〇二一号(甲一七)により始めて肥料として利用することが認められたものであるところ、このし尿処理生成物が水分が少なく、運搬しやすいところから、右湿式酸化処理方式によって得られた生成物を強制的に一〇パーセントにまで乾燥させて肥料として利用することを発明したのが本件特許発明である。

(2)  すなわち、本件特許は生し尿中の有機物を酸化処理して扱い易くし、且つ肥料効果の確実な粒状肥料として利用するものであれば本件特許の技術的範囲に含まれるものである。

(3)  したがって、前記のように生し尿を酸化処理したうえ乾燥させ、粒状の肥料として利用している被告行為は本件特許の侵害となる。

(二) 均等論

仮に本件特許発明が用途発明ではなく、特許請求の範囲に記載したし尿処理生成物の製造方法がその構成要件であるとしても、本件特許方法においては生し尿処理のために湿式酸化処理技術を用いているが、これと被告方法である二段活性法処理方式は、その技術目的がし尿処理生成物を肥料として利用できるようにするためのものであり、原告方法がし尿汚泥中の酸化性物質を酸化処理する段階で高温高圧により汚泥を焼却することによって「灰化」するものであるのに対して被告方法はし尿汚泥中の酸化性物質を常温常圧下で酸化処理したうえ乾燥・焼却炉により高温焼却して「灰化」する点において相違しているにすぎず、そのし尿処理生成物の成分を見ると原告特許方法による場合は含水率一〇パーセントの場合リン酸含有量は二〇ないし二五パーセントであり、他方被告方法による場合はリン酸分が一〇パーセント前後であるが、これを含水率一〇パーセント程度まで乾燥させればリン酸分は一九・七三パーセントと原告特許方法による生成物に近い値になることからしても、両者の成分は殆ど同じというべきであるから、原告方法と被告方法は、両者を互いに置き換えても同一の作用効果を持ち(置換可能性)、本件特許方法を被告方法に置き換えることは当該技術分野における通常の知識を有する者ないし当業者にとって当然に想到しうる代替手段である(置換容易性)から、両者は均等の手段であるというべきであり、被告方法は本件特許を侵害するものである。

5  損害

(一) 被告が昭和五六年四月から平成二年三月末日までの間に前記方法で製造したし尿処理生成物の製造量は別表「浜松市西部衛生工場乾燥汚泥月別生成量一覧」のとおりであり、合計一万五四三二・九七トンである。

(二) その小売価格は一トンあたり一三万円であるところ、本件特許の実施料は小売価格の一〇パーセントを下回らないから、この間に原告が被告の前記侵害行為によって被った実施料相当額の損害額は左記算式のとおり二億〇〇六二万七九六〇円となる。

(算式)

130,000×15,432.92×0.1 = 200,627,960

よって原告は被告に対し、民法七〇九条、特許法一〇二条二項に基づき右損害金の支払を求めるとともに、これに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六三年一〇月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  請求原因3は認めるが、被告方法を詳細に説明すると、別紙被告方法記載のとおりである。

3  請求原因4は否認する。この点についての被告の反論は後記のとおりである。

4  請求原因5(一)は認めるが、(二)は否認する。

三  権利侵害についての被告の反論

(一)  利用発明の主張について

本件特許の技術的範囲は原告の方式(湿式酸化処理方式)という特定の方式によって得られる灰分を肥料として利用する方法であって、し尿を何らかの方法で処理して得られるものを肥料として利用する方法というものではないから、原告の主張は失当である。

原告はし尿処理生成物を酸化処理して肥料として利用するものであれば原告特許の技術的範囲に含まれるとし、その理由として本件特許出願当時廃棄物の処理及び清掃に関する法律によりし尿処理生成物はすべて一般廃棄物として廃棄処理され、肥料として利用することは考えられていなかったとするが、これは誤りであり、同法一七条、同法施行規則一三条によれば、その当時からし尿処理生成物を肥料として利用することは一定の制限のもとで認められ、現に肥料取締法二条二項の規定に基づく特殊肥料等の指定を受けて原告出願以前から肥料として認められていたものである。なお農林省告示一〇二一号は昭和二五年農林省告示一七七号の一の(ロ)の特殊肥料の項目を整理したにすぎないものであって、農林省告示一〇二一号の出された昭和五一年一一月一日に始めて人糞尿肥料が肥料として認められたというものではない。

(二)  均等論について

(1)  原告のし尿処理方法は高温高圧下で行う湿式酸化方式であり、他方被告方法は二段活性汚泥処理方式とよばれ、常温常圧下で微生物の作用によって生物化学的に酸化処理する方式であって、両者は原理的に全く異なり、均等論の成立する余地はない。

(2)  また、原告方法と被告方法は「灰化」の過程が異なるだけであるとの原告主張は誤りである。原告方法では湿式酸化処理工程の一次処理工程において、し尿を液状のまま高温高圧の状態にすることにより、液状のままで灰化するものであって、高圧を加えることにより水の沸点を上昇させ、加熱しても蒸発(乾燥)させることなく温度を一〇〇度以上に上げることができるという原理を利用して圧縮空気を送り込み、液状のまま可燃成分(有機物)を燃焼することにより「灰分」と呼ばれる固形物が生成するのである。これに対し、被告方法の場合は常温常圧下で微生物の処理によって排出される汚泥を水分八〇ないし八五パーセント程度に脱水した後、水分三〇パーセント程度にまで乾燥(加熱し、水分を蒸発させること)してペースト状の脱水汚泥を粒状にして肥料とするものであって、有機物が燃焼揮散するという焼却(灰化)の過程はない。被告方法をし尿処理生成物の灰化の過程であるとする原告主張は焼却と乾燥の相違を理解しないものであって、一般に水分を含む物質から水分を除去することを乾燥と呼ぶところ、水分を含んだまま燃焼させようとして加熱しても、常圧下では水の沸点が一〇〇度であり、かつ蒸発潜熱が高いため水分が無くなった時点で始めて温度が一〇〇度を上回るようになり燃焼を開始することは常識であるが、被告のし尿処理生成物である汚泥はその含水率が三〇パーセントであることからしても未だ燃焼状態には達しておらず、乾燥しかしていないことは明らかである。

(3)  原告方式の肥料成分と被告方式の肥料成分は殆ど同じという原告主張も誤りであり、原告方式では前記のように高温高圧下で有機成分が燃焼揮散する(灰化する)のに対して被告方法では常温常圧下で処理するため有機成分が燃焼揮散することはないため、し尿処理生成物の内容に相違がある。たとえば原告が問題にしているリン酸分についていうと、原告製品の無水換算した場合のリン酸分は二〇ないし二五パーセントであるのに対し、被告製品を無水換算した場合のリン酸分は一〇パーセント前後である。

第三当裁判所の判断

一  争いのない事実及び争点

原告が本件特許の特許権者であること、その特許請求の範囲、被告方法の概要、被告が昭和五六年四月から平成二年三月末日までに製造したし尿処理生成物の数量については当事者間に争いがなく、被告方法の詳細については別紙被告方法のとおりであると認められる(乙一、証人角替圭爾)。

したがって、本件訴訟における争点は被告方法が本件特許を侵害するものであるかどうかであるところ、右争いのない事実によれば本件特許方法は生し尿を高温高圧下で湿式酸化処理方式とよばれる方法で処理するものであり、他方被告方法は生し尿を常温常圧下で生物化学的に処理する方法であるから両者の処理方法が異なることは明らかである。そこで本件では〈1〉本件特許は用途発明であるから生し尿を酸化処理して肥料として利用すれば本件特許を侵害する〈2〉本件特許が生し尿の処理方法に関する特許であるとしても均等論の適用があるから被告方式は本件特許を侵害するとの原告の主張の当否が争点である。

二  用途発明の主張について

1  本件特許取得経緯

(一) 原告は昭和四九年五月二三日付で発明の名称を「し尿を原料とする肥料の製造方法」とし、特許請求の範囲を「し尿を生物学的に処理して二ないし一五パーセントの固体を含有するスラッジを製造し、次に同スラッジを摂氏一五〇度ないし三五〇度にまで熱するとともに、二〇ないし二一五kg/cm2の圧力を加えてし尿中の酸化性物質の六〇ないし八五パーセントを科学的に酸化処理し、この酸化処理によって得られた灰分を水分約六〇パーセント程度にまで脱水した後、さらに強制的に水分約一〇パーセント程度にまで乾燥させることを特徴とするし尿を原料とする肥料の製造方法」とする特許の出願をした(甲一、九、乙一五)。

(二) しかるに昭和五一年四月二三日、右出願は拒絶された。その理由は特許出願前に日本国内で頒布された刊行物中に、し尿を生物学的に処理して得られた汚泥を加圧下に加熱して燃焼させる湿式燃焼法により灰化することが示されていること、草木灰や塵芥灰等各種灰類が肥料として用いられることは当業者に周知のことと認められし尿を生物学的に処理して得られた汚泥についてもそれを焼成して得られた焼成汚泥が肥料として用いうることは、それが肥料取締法の規定に基づき農林大臣により特殊肥料として指定されていることからみても当業者に周知のことと認められるから、汚泥を湿式燃焼法により処理して得られた灰分を脱水乾燥して肥料として用いることは当業者の容易に想到できることと認められるというものであった(甲三一)。

(三) これに対して原告は昭和五一年七月二日付で、右拒絶理由のうち、し尿を湿式燃焼法により灰化することが公知であること及びし尿を処理した燃焼汚泥を肥料として用いることも当業者に周知のこととする二点を認めたうえ、現実に存在するし尿を処理して得られる肥料はいずれもリン酸分が数パーセント以内で、それが当業者の常識になっているところ、明細書の請求の範囲記載の具体的方法により湿式燃焼させて灰化させた肥料はリン酸分が二〇ないし二五パーセントもあり、しかもそれが肥料としてはきわめて有効なく溶性リン酸であり、この顕著な効果は少なくとも原告がこの出願をしたことで一般に公開されたものであって、その功績は非常に大きいものがあると主張し、進歩性の点について従来技術から予測される肥料成分としてはリン酸分がせいぜい数パーセントまでのものであって、原告の出願にかかる発明によって作られる肥料はこれをはるかに越える二〇ないし二五パーセントのリン酸分を含むものであるから、原告発明はその効果の点で従来技術から予測できないものであるとの意見書を提出するとともに、同日付の手続補正書を提出して前記(1) の特許請求の範囲の冒頭の「し尿を生物学的に処理して」とあるのを「し尿を処理して」と改めた(甲三二、乙一六、一七)。

(四) さらに原告は昭和五一年九月二二日付で前記拒絶査定に対する審判を請求したうえ、同月三〇日付で特許法一七条の二第四号の規定に基づく自発手続補正書を提出し、発明の名称を「し尿処理生成物の利用方法」とし、特許請求の範囲を請求原因2のとおりに補正したところ、昭和五七年三月五日に出願公告をする旨の決定があり、同年一二月二二日付で前記拒絶査定を取り消し本願の発明を特許すべきものとする旨の審決がなされ、昭和五八年七月二五日付で本件特許が登録された(甲一、一〇、乙一五)。

2  し尿処理生成物の肥料としての利用について

し尿を酸化処理した生成物は肥料取締法二条二項の特殊肥料とされ、農林省告示による特殊肥料の分類によると原告のような湿式酸化処理法による生成物はそのうちの「人ぷん尿処理物」に、被告方法のような二段活性汚泥法で処理したものは「おでい肥料」に該当するものとしていずれも一定の制限のもとで肥料として利用することが許されており、昭和三〇年代からすでに肥料として用いられていた実績があることが認められる(甲一七、二四の16ないし17ページ、乙一〇、一八、一九)。

3  結論

以上のような本件特許の取得経緯に照らせば、本件特許発明出願当時、し尿を湿式燃焼法により酸化処理して灰化することは公知であり、また、し尿を処理した燃焼汚泥を肥料として使用することも当業者に周知の事実であって、湿式酸化処理方式やし尿処理生成物を燃焼灰化して肥料として利用することだけでは特許を受けられなかったことから、原告はし尿の酸化処理方法を本件特許請求の範囲に記載されている具体的方法に限定したうえで、当該方法によって酸化し灰化させた肥料が従来のし尿を処理生成して得られる肥料と比べてリン酸分を二〇ないし二五パーセントと多量に含み、肥料として優れたものであることを強調することによって本件特許権を取得したものというべきであるから、本権特許の技術的範囲は、原告主張のように生し尿中の有機物を酸化処理して扱い易くした生成物を肥料として利用する場合をすべて含むというべきではなく、本件特許請求の範囲に記載された湿式酸化処理方式によって生し尿を酸化処理して灰化させ、これによって生成されたし尿処理生成物を肥料として利用することであると認められる。したがって、高温高圧下での湿式酸化処理方式によるし尿処理方法とその生成物を肥料として利用することのいずれもが本件特許発明の本質的要素(要部)であり、その構成要件となっているというべきである。これに対し、原告は本件特許が用途発明であることの根拠として本件特許発明以前は湿式酸化処理方式によるし尿処理生成物を肥料として利用することは考えられていなかったと主張するが、前記認定のとおり本件特許発明以前から湿式酸化処理方式によるし尿処理生成物は肥料として利用されていたのであるから、原告の主張はその前提に誤りがあり、これを採用することはできない。

三  均等論について

(一)  均等とは発明の同一性を決定づけるための法律上の概念であり、被告の実施形式が原告の特許発明とその基本とする技術思想(いわゆる「発明の要部」)を共通にしていることを前提として、発明の要部を原告特許発明と同一にし、なおかつ置換している他の要素について着目してみてもその置換自体に〈1〉作用効果の同一性(置換可能性)と〈2〉置換についての認識可能性(置換容易性)という関係が認められる場合に被告による実施は原告特許発明の技術的範囲に属するとするのが均等論である。

(二)  しかるに本件特許では前記のように高温高圧下での湿式酸化処理方式によるし尿処理方式が要部となっているところ、被告方法は前記争いのない事実記載のとおり常温常圧下での生物化学的処理方法であるから、両者は発明の要部において原理的に全く異なる技術思想に立脚するものというべきである。したがって、本件特許発明と被告方法を対比した場合、発明の要部の同一性という均等論の前提を欠いているというべきであるから、置換可能性や置換容易性について検討するまでもなく、原告の主張は失当というべきである。

四  結論

以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅純一 山川悦男 井上豊)

別紙一覧表等〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例